なんつーか、自覚は十分過ぎる程にあるんですけど、今時の便利に慣れてしまった平成世代?~令和世代?の理屈に凄く違和感を感じてまして、要するに自分はガッツリと昭和世代を自覚しているからなんでしょう。
もはや当たり前過ぎてしまったせいなのか?本来なら衝撃的に便利な物や事に対して現代では便利だと有り難さすら感じていない様子。
このお坊ちゃま感?お嬢ちゃま感?には呆れる事ばかりで、そりゃ日本の技術力や想像力がドンドン低下して行く訳ですよ。
ジェネレーションの違いだと言えばそうかもしれませんけどね。
さて、自分の実体験として、金属を正確に切断や切削するには本来なら旋盤などの工作機械がベストであって、この旋盤があれば1/100mmとか1/1000mmなんて誤差(公差と言う)の範囲内で誰もが正確だと感じるレベルの金属加工が行えるんですが、旋盤を持っていない場合はどうするのか?を若い頃は凄くマジメに考えていたんです。
まぁ最終的にはBOREDの業務で使用する事を優先して旋盤を購入したんですけど、その旋盤を購入する以前はホームセンターで買って来た安価なボール盤を利用して、更に中古工具屋でチャックやスライドテーブルを購入し、鉄板の上にボール盤を横向きに固定する様に改造をしてナンチャッテ旋盤を作ったりしていたんです。
実際に自分が持っていた汎用旋盤は重さも何百キロもあり中型バイクが買えるほどの代物だったんですが、それを購入出来なかった時代に上記のナンチャッテ旋盤なら3万円~4万円くらいで作れたんですね。
ま、結果的に求めている精度なんて全然出せない上に強度不足や出力不足により切り込み量(一度に削れる深さ)が少な過ぎて業務では使い物にならなかったんですが、では完全に無駄だったのか?と言うと今でも全くもって無駄だったと感じた事はなくて、むしろ我ながら良く考えたものだと自慢出来るアイデアだったと思っています。
これこそが大事だと。
不便を克服する為に自身の出来る範囲内で何とか考え抜いて作り上げた偉大なる失敗作、けれどこの考えがベースとなって精度を出すには重量も必要だと言う事に気が付き、だからこそ後になって念願の旋盤を手に入れた際は設置する範囲内で出来るだけ重い機種を選ぶ様にしたんです。
実際に旋盤自体の重量が100kg違えば切削する際の切り込み量も違って、それは重量により旋盤自体の振動が少なくなる事から強気で切り込める上に仕上げも違って来るんですね。
で、その旋盤とは専門的に汎用旋盤と呼ばれる古い町工場なんかに置いてある横長の鉄の塊の様な工作機械で、基本的には手でハンドルを回しながら金属を削って行くんですが、1メモリ0.02mmのダイヤルを読んだりノギスやダイヤルゲージなどを使い加工の途中で寸法をチェックする事は基本中の基本。
だから現代?のイメージだと量産には余り向かないと思うでしょうけど、それこそ昭和時代の職人はこれで何千個何万個と正確な精度で品物を量産して来たんですね。
で、更にそれが進化して専用コンピュータと3Dソフトを使用し24時間365日量産し続けられる様になったのが、NC旋盤と呼ばれる自動制御の工作機械でして、現代の鉄工所なんかはこのNC旋盤をはじめとするNCの工作機械が主流となっているんですが、それはそれでGコードと呼ばれる特殊な数値をコンピュータに入力する必要があるので勉強も必要です。
なので汎用旋盤であってもNC旋盤であっても勉強が必要だしスキルは重要だし、そして効率化させたり時短させたりするには工夫も必要なんです。
あと毎回の様に何かしらの治具を作ったりするのが実に面倒だけど重要な事でね。
がっ、今やこのNC旋盤の存在すら不便と言いやがる訳ですよ。
そりゃ3Dプリンターやレーザーマーカーですら手軽に買える時代になって来ている訳ですから理解出来なくもないんですが、なら逆にこの鉄の丸棒を正確に切断した上で先端を60度の角度で削ってみてよ?公差1/10mmで、と言われたらどうするんだろうと。
その解決策を持ち合わせていないんですね。
一気に完成形を求めちゃう時代とでも言うのか、そこへ至るまでのプロセスを考えていない模様。
だからBOREDのサイクルメカニック時代には当時の若いスタッフに何度も言って来た事があって「便利に慣れるな」と、何かを始める際にいきなり100点の物を求めるんじゃなくて、10点の物だとしても今ある物や身の回りの物を代用したりして何とか100点に近付ける工夫と努力をしなさいと。
つまり基本的な自身のスキルを磨いた上で安定させ、その構造とか特徴を把握した後に相応の道具を使えと。
すると勝手に仕上げが良くなるはずだと。
ま、今やスタッフは全員辞めて誰も残っていませんが。
さて、だ~いぶ前置きが長くなりましたが、言いたい事はバックラッシュね。
まさかのバックラッシュw
電子で制御するとか機構で制御するとか、それって使っていて楽しいのかな?と。
趣味や遊びのシーンでさえもスキルを上げる努力じゃなく他に頼って効率化させなきゃダメですか?
誤解もありますがシマノのDCブレーキでも実際にバックラッシュは起きますしソレナリにスキルも必要な訳で、それでも明らかに効果を感じるレベルで登場当時は進化に感心したんですが、でも結局は信用し切っていないのでサミングしちゃう昭和世代。
このDCブレーキの登場くらいがマックスかな?と、使っていて道具としての楽しさを感じるのは。
進化や工夫はもちろん否定しないけど、頼り切ってしまうのはカッコイイとは思わない。
でもベーシックなスキルを持ち併せる事と、物理的な構造や機構を理解している事は、知っていて?出来ていて?損はないでしょう。
ズボンのポケットの中に入れた小銭、この出し入れが面倒だとカードへチャージして使う様になり、今やそれすら更に進化して何でもスマホをかざして決済する。
でも仮にスマホを無くしてしまったら結局は小銭を持ち歩くのが最良な訳で。
なんつーか。

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